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連載中:だって私はニホンジン!

だって私はニホンジン!

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海外へ出た日本人が初めて感じること。それは「そうか、私(僕)って日本人なんだぁ」と再認識すること。24歳の時に日本を出てからもう13年の海外生活。世界を旅して、たどり着いた南アフリカに移住した筆者が、これから海外に出る若者に送る、日本人が自分らしくあるために、心に留めて置きたいことを綴ったコラム「だって私はニホンジン」。海外に出る人は必読!

第3回   目が小さい美しさ

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日本で会社勤めをしていた頃、出勤前に念入りに鏡の前で化粧をしていた私。そんな時、よくこんなことを思った。
自分のありのままの姿で美しいと言ってもらえたら、女性はどんなに幸せだろう…。

世界の美しい女性たち
世界各地を旅した私は、いろんな国で美しい女性に出会った。彼女たちの美しさは目を見張るものがあった。彼女たちは特に念入りな化粧もしていなかったし、日常のシンプルな装いであった。そのただありのままの姿に私は惹かれた。

ヤギの乳を絞るモンゴルの遊牧民族の母。アジア人の顔に青い目を持つタジク人の女性。山中にある美しいオートドックス教会で祈るグルジア人女性。透き通るように白い肌にブロンドの髪、青い目を持つスウェーデン人女性。驚くほど長い手足にプリッとしたお尻、アフリカの原色の美しい布を纏うセネガル人の女性。25Lの水をひょいっと頭に担いで背筋正しく歩くコサ族の女性。体に赤土と牛の脂肪を塗り、民族衣装を身にまとうヒンバ族の女性。

私を引きつけた彼女たちのその美しさは民族特有のものであった。
髪の毛だけでも黒い髪、金髪、茶色、アフロ、巻き毛、ストレート…と様々であるし、目だって緑、青、黒、茶色、大きな目、小さい目、つり目、丸い目など民族によって違いがあった。
そして私は「日本人特有の美しさ」ということを考えて始めていた。


日本での美しさの基準
さて日本ではどのような女性が一般的に美しいとされているのだろう。「大きくクッキリ二重の目」「ツンと高い鼻」「長い手足」「透き通るような色白」…そんな声が聞こえくるかもしれない。

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ではお風呂上がりに全身を鏡で見てみよう。あなたの目はクッキリ二重だろうか?あなたの鼻はツンと高いだろうか?手足は細長いだろうか?お尻はプリッとしているだろうか?色白だろうか?もし全てが当てはまっているとしたら、あなたはきっと日本人離れした美しさを持っていることだろう。その美しさを否定することはしないが、それは私たちの日本人が持っていない美しさのようなものだ。

平均的な日本人は切れ長の大きいとは言えない目を持っている。一重まぶたの方が二重まぶたよりも多い。アイラインやマスカラ、プチ整形を使い、大きな目に見せている人もいるだろうが、ここでは生まれつきの目の話。しかし大抵の日本人女性は「二重になりたい」と願う。日本社会では「二重」に生まれるということは女性として何か「勝ち組」とも言えるような、美しさの象徴なのである。

旅をしていた時、グルジア人の男性が私の顔をまじまじと見てこう言った。
「なんて美しい切れ長の目なんだ。アジア人の瞳は本当にセクシーだね。」
そういう彼は二重でまつ毛がフサフサしていて、鼻が高くて、グルジア人特有のエキゾティックな整った顔立ちをしていた。日本人の私からすると「グルジア人のその彫りの深い顔こそセクシーだよ」と言いたいくらいだった。しかし彼の目には日本人特有の切れ長の目が美しく映ったのだ。

そして日本の美意識の中で生きていた私は、アジア人の瞳の大きさや形について考えていた。うん、小さな目も悪くないのかもしれない、と思い始めていた。そもそも私は日本人だ。目が小さい民族がそのことをコンプレックスに感じているのは、何かが違う。


ドーンと構えているアフリカ女性の美しさ
アフリカを旅していて思ったことは、アフリカ人女性はコンプレックスというのがあるのだろうか、という疑問。アフリカでは女性のことをシスターと呼ぶのだけど、シスターたちは女であることに自信満々なのである。
アフリカの中でも南アフリカ人のシスター達はポッチャリしている人が多いので、日本人の私からすると、「これ、日本女子だったらすごく気にしてるだろうなぁ」と思うレベルでも自信満々である。

シスターたちにそんな話をしていたら彼女たちはこう言ったのだ。
「自分が自分のことキレイだと思ってないと、誰が思ってくれるのよ!自分が一番そう思ってあげないきゃ!」
それはあまりにもアフリカ人らしくて、うらやましい程の答えだったが、まさにその気持ちが大切だと思うのだ。せっかくこの世に授かったこの体。自分の顔や体を恥じたくないものだ。

日本人特有の美しさに目覚める
30歳を過ぎた頃、私はある結論に行き着いた。それは自分が認める以外、誰も自分のことは美しくできないということだ。美しさに答えはない。テレビや、雑誌や、学校や、職場のあの子と比べても仕方ない。女性にはそれぞれの美しさが備わっているのだ。それを引き出すのは自分次第。自分を美しいと思えば美しくもなれるし、ブスだと言い聞かせればブスにもなれる。それが女性だ。

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そして忘れてはいけないことは、私たちは日本人だということ。日本人の特徴であることを恥じる必要はない。小さい目?一重瞼?だって私たちの多くが小さい目で一重瞼である。なぜそれが美しくないってことになるのだろうか。ということは日本人女性は美しくない、ということになってしまう。

私は世界でたくさんの民族と会ってきたけれど、その中でも日本人はとても美しい民族だと思っている。美しい肌、コシのある髪質、切れ長のセクシーな一重瞼。それらは大半の日本人が持つ美しさであり、それが日本人の美しさの象徴であるべきだと思っている。

日本人の女子たちが、こぞって二重手術を受けたり、アイプチをしたり、付け睫毛をつけている現代の日本。もうそろそろ私たちは自分たちのコンプレックスと向き合い、その美しさに目覚めてもいい頃だ。

美しさはその仕草であったり、個性であったり、言葉遣いであったり、健康な姿であったり、歌声であったり、センスであったり・・・・本当に十人十色!
美しくなる一番の近道はコンプレックスと向き合い、自分を愛すること。そうすると、自分らしくいられる。自分らしさを手に入れた時、女性はその輝きを増すのだ。

そして鏡を見過ぎないこと。そんなに1日に何度も自分の顔を鏡で確認する必要はない。そんなことをしていると嫌でも自分の気に入らない部分が見えてくる。自分のことを「ブス」だと思った瞬間から美しさは離れていく…。鏡は程々に。

そして最後に。日本人男性の皆さんへ。「ブス」って言葉はある種、女性にとって凶器であることをお忘れなく。軽はずみで言ったその一言が女性の人生を変えることもある。とても差別的な用語。日本から「ブス」という言葉が消えれば、日本女性はもっと美しくなる!私はそう信じてならない。



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連載中:だって私はニホンジン!

だって私はニホンジン!

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海外へ出た日本人が初めて感じること。それは「そうか、私(僕)って日本人なんだぁ」と再認識すること。24歳の時に日本を出てからもう13年の海外生活。世界を旅して、たどり着いた南アフリカに移住した筆者が、これから海外に出る若者に送る、日本人が自分らしくあるために、心に留めて置きたいことを綴った新連載 コラム「だって私はニホンジン」。海外に出る人は必読!

第2回   私がマイノリティになった時

《過去の掲載》
第一回:英語が苦手なニホンジン


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島国である日本では最近は少しずつ多民族となってきたものの、日本人として生まれれば、やはり圧倒的なマジョリティだ。しかし海外に出ると突然その環境は一転。私たちは民族的マイノリティになってしまう。

マイノリティになって初めて気づくこと

私が初めて海外で生活したのはオーストラリアだった。24歳の時である。九州の実家さえも出たことがなかった私が、初めてマイノリティになった瞬間。
オーストラリアは多民族国家なので、ヨーロッパ系、アジア系、アフリカ系、そして先住民アボリジニーなどが「オーストラリア人」として一緒に暮らしている。しかしどれだけ多民族を受け入れているオーストラリアであっても、英語が話せない外国人差別や有色人種への人種差別は存在する。

大抵のオーストラリア人はとてもフレンドリーであったが、英語が話せないというだけで、冷たい態度を取られたり、窓口などで困っている時に助けてもらえなかったりしたのだ。「日本人はなぜあんな優しい動物の鯨を食べるんだ?」と、鯨を食べることが野蛮だと言わんばかりの言い方をされたこともあった。タスマニア島で暮らしていた時は、若い白人オーストラリア人集団に爆竹を投げられ「Go back to your country!(国に帰れ!)」と叫ばれたこともあった。

私はこの時初めて自分が差別の対象になることを経験したのだが、これはある意味、私の中で日本人としての自分のアイデンティティを考えるとても貴重な経験となった。それまでは差別の対象になることがなかったのだ。日本に存在する差別問題は知っていたけれど、やはりどこか他人事であったのだと気が付いた。人は当事者にならないとわからないことがある。

南アフリカ トランスカイで送るアジア人マイノリティ ライフ

私の住む南アフリカのトランスカイ地方の主要都市ウムタタには日本人は私しかいない。厳密に言えば私の子供たちも日本人だと言えるけれど、6歳の上の子はすでに自分の国籍を考え始めているようで、「僕は日本人のお母さんに育てられているけど、南アフリカで生まれ育ってるから南アフリカ人だよ」と言っていた。彼も「日本人の母と南アフリカ人の父を持つ」という少し異色な環境に生まれ育ったマイノリティ故、そういったことを早くから意識するのだろう。

そんな日本人が一人しかいない環境ですでに7年という移住生活を送っている私だが、幸い差別を受けることもなく、どんな人種の南アフリカ人も東の果てから来たアジア人として面白がってくれている。夫の民族コサ族にしてみると、私は「日本人」というカテゴリではなく「アジア人」というカテゴリに属しているようだ。

旅する人は経験があると思うが、日本人はよく中国人と間違えられる。コサ族に「ニーハオ!ニーハオ!」と言われると、アジアの言葉「ニーハオ」を知ってくれていることが嬉しくて、「ニーハオ!」と中国人の真似をしたりする。しかもアフリカ人はジャッキー・チェーンが大好きだ。

よく中国人に見られて癇に障っている日本人がいるが、私はこんな話をする。

日本でジンバブウェ人が歩いていたとする。ある人が「ジャンボ!(スワヒリ語でハロー)」と挨拶した。すると彼は「僕はタンザニア人じゃないよ。ジンバブウェ人だよ。」だと言う。しかもそのジンバブウェ人がタンザニア人に間違えられていたことを心外だと思っていたら…。あなたはどう思うだろう? 

大抵のアフリカに行ったことのない日本人は「ごめん、でも違いがあんまりわからないから。」と思うのが正直なところではないだろうか。同じ地域の民族というのは、見分けがつきにくい。正直日本人の私自身も中国人、韓国人、日本人をきちんと見分けることができるかと聞かれると自信がない。もし自分の心の中に中国人や他民族へのヘイトがあるとしたら、それは無くした方がいい。

ウムタタの暮らしでアジア人だというと、それが何人であっても近くに感じてしまう。それは故郷アジアから遠く離れマイノリティとして暮らす者同士だからだ。

日本で暮らす民族的マイノリティたち

海外に出るまではマジョリティの一人であった私は、マイノリティの気持ちなど感じる術がなかった。しかし今、海外でのマイノリティとしての暮らしを通して、日本で暮らす民族的マイノリティの気持ちがよく分かるようになった。今日本にはたくさんの外国人が暮らしている。そして日本で生まれ育った日本国籍を持たない人たちもいる。日本は日本人が大半を占めているものの、決して単一民族国家ではない。
海外に出ると初めて、日本に同じような気持ちで生活している人たちがいることに気がつく。私たちの国にもたくさんの民族的マイノリティが暮らしているのだ。

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日本人は協調性を重視するので、日本で生まれ育ってない外国人にはそれに合わせるのは至難の技である。正直私も、南アフリカで生まれ育ってないので、場の空気が読めないことが今でもある。しかし私たちは違う民族であるのだから、そのことを認めて欲しいと思っている。

「違って面白いね」「あ、インド人ってこんなことするんだね」「あ、中国人らしいね」「私も日本人らしいもの」と、お互いの違いを認めれば、日本に暮らす民族的マイノリティにとって、どれだけ暮らしやすいか。そんなことが現代の日本にはとっても求められている。


自分の日本人としてのアイデンティティと向き合う

人は海外でマイノリティになった瞬間、否応なく自分の民族的アイデンティティを探すことになる。それは大勢の中で生きる安心感がなくなり、「自分」というものを自分の手で探して行かなければならないからである。社会も、マジョリティも自分の存在を重視してくれない。言葉も違う。そんな時、人は自分の権利のために立ち上がらなければならない。

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それから私はアジア人差別、日本人の捕鯨、第二次世界大戦、宗教の話、原発の話など、いろんな人種と積極的に意見を交わす作業をしてきた。それらは日本では一般的に外国人にタブーと思われているトピックである。しかしその作業は私が自分のアイデンティティを知る上で必要なのだ。日本国内にいただけでは知ることができない、外から見た日本人。それらのトピックが出てきた時に、私は貝のように口を閉じたくない。日本の文化、日本の技術、日本人の魂…、私はそれらに誇りを持っている。こんな日本から離れた場所に住んでいても私は日本人である。マイノリティとして海外で暮らしだしてから、私は日本ということをもっと意識的に考えることができた。海外に出るということは、日本国外で起きていることを知るだけではない。それはこの国日本を外から知ることができる、自分の視野を広げるチャンスでもあるのだ。





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新連載 だって私はニホンジン!

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海外へ出た日本人が初めて感じること。それは「そうか、私(僕)って日本人なんだぁ」と再認識すること。24歳の時に日本を出てからもう13年の海外生活。世界を旅して、たどり着いた南アフリカに移住した筆者が、これから海外に出る若者に送る、日本人が自分らしくあるために、心に留めて置きたいことを綴った新連載 コラム「だって私はニホンジン」。海外に出る人は必読!

第1回   英語が苦手な日本人

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英語が話せない日本人

最初に言っておくが、日本人は英語が下手だ。これまでに世界各国の人とコミュニケーションをとってきたけれど、総括して日本人の英語はお世辞にも上手とは言えない。オランダ人やドイツ人、スウェーデン人などは、すぐに英語が話せるようになる。イギリス植民地の影響を受けている国も教育システムが英語の場合が多く英語が上手である。そんな英語が堪能な人たちと出会うと、英語の勉強になると思いながらも、腰が引けてしまう。日本人の英語は上達するのに並々ならぬ努力が必要だ。日本語というのは英語と真逆の文法で話されるので、私はそれが日本人が英語をすぐに話せるようにならない一番の原因ではないかと思っている。

たとえば「昨日スーパーに行きました。」という文があるとする。英語になると「I went to a supermarket yesterday.」となる。これを日本語文法の英語に直すと「Yesterday supermarket went」となる。日本語はそもそも誰でも想像できる主語であれば省略できるし、だいたい時が一番先にくるのに対して、英語は一番最後にくる。そして英語は動詞が一番先にくるのに対して、日本語では一番最後。日本語と英語は真逆の言語と言える。

こうした英語という国際的な言語が日本語と真逆、というのはそもそも日本人にはとても不利な話である。しかも植民地化された経験のない日本では教育、メディア、本、標識は全て日本語表記がされており、国内では日本語以外の言語ができなくても快適な暮らしができる。日本国内にいる限りは英語を話す必要性はほとんどない。

英語が下手でも誇りは忘れない

そんな日本人のバックグラウンドを見れば英語が話せないのも頷ける。しかし私たちは「英語が話せない=何も考えてない」わけではない。その議論が日本語でされていれば、堂々と自分の意見を言えるものも、英語ゆえ議論についていけないのだ。そんな時、適当に相槌を打ち、ヘラヘラとしていては恥ずかしい。どこか子供扱いされることも嫌った方が良い。英語が話せないだけの立派な大人なのだ。英語ができなくても、自分の誇りを持ってそこに存在する。大勢での議論についていけなければ、一対一の会話で英語を学べばいい。英語が流暢な人よりも同じアジア人や、英語があまり得意ではないスペイン、フランスなどのラテン系の人たちと一緒に英語に慣れることも必要だろう。一番大切なのは英語が話せないことに劣等感を持たず、必要な英語がわからなければ「わからない」という意思を見せることも大切だ。日本人に見られがちな、わからなくてもニコニコしてその場を乗り切る。それは外国人にはあまり理解できない態度であることも忘れないように。

お互いの足を引っ張り合う

これは本当におかしな話なのだが、日本人は英語が苦手な民族であるにもかかわらず、お互いの足を引っ張り合うという、全く醜い習性がある。外国人を囲んで数人の日本人と話していると「それは違うでしょ?recommend じゃなくて offerじゃない?」とか「そこはonじゃなくてatでしょ?」とか採点が入ってくる。話している本人は必死に英語を肌で学んでいる最中に、茶々が入るのだ。この茶々、私は必要ないでしょ?といつも思っている。なんだが素直に「教えてくれてありがとう!!!」という気持ちにはなれない。

私は英語が話せるようになるのは、どれだけ英語で人とコミュニケーションをとったかによってだと思っている。どれだけ自分が英語を話す環境に身を置き、英語を使って自分の意見を伝えようとしたか。先述したように私たちは立派な大人だ。立派な大人である以上、自分の意見もある。それを伝えるツールが英語なはずである。だから日本人はよく「英語が話せるようになれたらなぁ」などと言うが、それは「自分の意思が伝えられる」とか「人の言うことが理解できる」ということを意味した方がよい。

まだ私が自分の意思を全然英語で伝えることができなかった頃、日本人の茶々によって、私は日本人の前で英語を話すことに一種の緊張のようなものを感じることがあった。高校時代、私は英語が特に好きな方でもなかったので、オーストラリアにワーホリに行った時は全然英語ができなくて、自信を持てずにいた。そこに茶々が入るものだから、ますます話したくなくなるという悪循環を辿った。だから今でも私は何か致命的なミステイクをしていない限り、間違った英語を話している人を正したりしないし、本当に本人がわかっていなくて手助けが必要でない限り手助けもしない。それは私が誰かの英語を話せるようにはできないと自分の経験を持ってわかっているからだ。それよりも堂々と英語を話す姿を見せた方が、よっぽど刺激的となることもわかっている。英語を話せるようになるには、たくさんのミステイクを繰り返す必要がある。そうやって人は新しい言語を学ぶのである。

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言語の壁を突き破って、その先の世界に飛び込む

私たちが海外に出て、一番初めにぶつかる言語の壁。ここでは私が第二言語に英語を話すので英語を用いて紹介したが、それが中国語だったり、スペイン語だったり、フランス語だったりと言語の数だけそこにチャンレンジもあるだろう。

肝心なことは、自分の意思を伝えるようになること。人の意見が聞けること。言語が違えば思考回路も違う。いろんな国の人と出会えば、自分の視野も広くなる。そして英語はある日突然話せるようにはならない。どんなに英語を話す年数が長くても、ある日出会った人の英語が全く聞き取れないということだってある。日々努力なくしては、前には進めないのである。しかしたくさんの人と意見を交換し、文化を学ぶというのはとっても面白いことだ。英語できるようになるということは、TOIECの点数を稼ぐためではない。その言語を通して、その先に広がる新しい世界に飛び込む。そこには日本にいるだけでは見えなかった、新しい価値観やアイディアで溢れているのだ。



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