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暮らしのエッセイ

生み出す苦しみ・生み出す喜び

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クリエイティブな仕事をしている人なら、いつも感じているだろう感性の「オン」と「オフ」。
このスイッチの切り替えはどうしても、自分の中では変えることができない。今回は私が仕事の時に行う感性のスイッチの切り替え方法のお話。

クリエイティブな人間

私は幼いころから、クリエイティブなことが好きだったので、自分で何かを作り出して遊んでいた。絵を描くことも好きだったし、編み物も好きだった。草花も好きだった。紙をちぎって糊で貼り付けたり、押し花を作ったりと、思いつくことは大抵試して遊んだ。

料理人である母がとてもクリエイティブな人であったため、家の中では絵を描いたり、物を作ったり、花を飾ったりすることが当たり前のようにできる環境があった。妹も絵を描く人で、その繊細で優しい色使いの彼女の描く絵は美しい。そんな環境で育った私が、アクセサリー作りを始めたのは、とても自然なことであった。

クリエイティブな人間というのは、何も専門学校や大学から創作する道を選ばなくても、幼少の頃からその傾向は始まっている。進学校に進んでも、大学で何か別のことを学んでいても、何か趣味で必ずクリエイティブなことを求めている。

私は大人になってからも、イラストを描き続けた。そして写真の専門学校へ通ったり、貴重な社会経験として広告デザイン事務所でグラフィックデザイナーとして働き、その感性を本格的に培うことになる。


感性のオンとオフ

クリエイティブな仕事というのは、「生み出す苦しみ」というのが付きまとう。
もちろん気分が乗っている時は驚くほどアイディアが湧き出てくるのだけど、そうでない時だってある。
そんな時は苦しい。時間だけが空しくも過ぎて行き、あーでもない、こーでもない、と続く。時間が迫っているものであれば、なおさらその苦しさは倍増する。その感性がオフの時というのは、絞り出されて何とか形は出てくるんだけど、それに必要なパワーが半端ない。オフを無理やりオンにすることは、至難の技だ。

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それはクリエイティビティというのは、決まっている答えを探しているわけではない、というところにもある。頭で考えてどうにかなる問題では決してないのだ。あくまで”感性”の問題なのだ。

その証拠に全く違うことをやっていて、パッとその感性のスイッチがオンになると、何かいきなり作り出す気分になり、夜遅くまで一人で工房でアクセサリーを作ったり、空を見上げた瞬間に心の中に言葉が浮かんできて、「メモメモメモ〜〜〜!!!」ということになる。自然にスイッチがオンになった時というのは、もう疲れも感じず、ただただ没頭するのだ。

感性がオフの時は放ったらかしにする

感性がオフになった時というのは、それはもうオフなわけで、それをオンにする必要がなければ(すなわち時間が許せば)放ったらかしにする、というのが私の一番の解決方法。最初は感性を取り戻そうと頑張っては見るんだけど、だいたいが「もぉ、や〜〜〜めた!」とその場を2日ほど離れる。その間も横目で作品を見ながらも、作業はしない。すると2日後などに突然オンになって、作業を再開し、あれほど苦しかった作業が嘘のようにスムーズに進んだりするものだ。

またはスランプと呼ばれる感性が完全にオフになってしまう状態。
そんな時も一番の治療法は放ったらかしにして、自分の中でまた「やりたい気持ち」とか「恋しい気持ち」を育てた方がうまく行く。それには別のことを楽しみ、生み出す苦しみから少し距離を置くことが必要だろう。先述したように何か創り出すことというのは、頭で考えてもどうにもらないのだ。クリエイティビティは頭よりも心と連動している。焦っても焦っても苦しみは続く。

複数の仕事を持つ

また、私の場合は会社勤めではないので、複数の仕事を自分で作り出している。
ライターの仕事と、自然素材を使ったアクセサリー作り、アフリカ天然香ンペポの販売、そして人に伝えたい気持ちからブログに綴るエッセイや詩(お金は発生しないが、私にとってはとっても意味のある作業)、南アの友人に注文を受けてお菓子を作ったりすることもある。そのほとんどが感性との付き合い方が必要になる仕事ばかりだ。

感性というのは全てに対してオフになるわけではない。アクセサリーをやっていて行き詰まってしまったら、ライターの仕事をすればいい。何か心に何か浮かべば、それを綴る。今ブログで連載中の「まぁるい地球にありがとう!」は完全に感性がオンになった時に心に浮かぶメッセージを綴っている。私にとって、少ない文字で想像の世界を創り出す「詩」というのは、エッセイを書くことよりも感性が必要であり、書こうと思って書けることは少なく、心に浮かんできた時書いている。

そうやってやりたいことを組み合わせたことを生業としている私は、なかなか金銭的な面で豊かにはなれないが、好きなことをやって生きているという意味ではとても豊かな暮らしだと思っている。もっとも、自分で何かして生きていこうと思えば、のんびりした生活というのは送れない。そもそもクリエイティブな人間というのは、何かいつも創り出すことを考えているので、割と何にもしない時間というのはない。そして我が家は夫もクリエイティブな人間なので、二人してオンとオフを繰り返している。


生まれる喜びが原動力に

感性がオフになっている時ほど苦しいものはない。しかし完成した時にはその何十倍、何百倍の喜びがそこにある。それがクリエイティブな人間に仕事を続けさせてくれる原動力になっている。生み出すことに苦しみが伴いながらも、出来上がった時に得られる満たされた感覚や、興奮を忘れることができないから、また今日も感性のスイッチを確認しながら、作業を続けていられる。

いつかたくさんの人が私の作品を見ることができる日を夢見て。しかしそうなったとしても、クリエイティブな仕事に携わる限り、この生みの苦しみからは決して逃れることはできないのだろう。



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