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連載中:だって私はニホンジン!

だって私はニホンジン!

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海外へ出た日本人が初めて感じること。それは「そうか、私(僕)って日本人なんだぁ」と再認識すること。24歳の時に日本を出てからもう13年の海外生活。世界を旅して、たどり着いた南アフリカに移住した筆者が、これから海外に出る若者に送る、日本人が自分らしくあるために、心に留めて置きたいことを綴った新連載 コラム「だって私はニホンジン」。海外に出る人は必読!

第2回   私がマイノリティになった時

《過去の掲載》
第一回:英語が苦手なニホンジン


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島国である日本では最近は少しずつ多民族となってきたものの、日本人として生まれれば、やはり圧倒的なマジョリティだ。しかし海外に出ると突然その環境は一転。私たちは民族的マイノリティになってしまう。

マイノリティになって初めて気づくこと

私が初めて海外で生活したのはオーストラリアだった。24歳の時である。九州の実家さえも出たことがなかった私が、初めてマイノリティになった瞬間。
オーストラリアは多民族国家なので、ヨーロッパ系、アジア系、アフリカ系、そして先住民アボリジニーなどが「オーストラリア人」として一緒に暮らしている。しかしどれだけ多民族を受け入れているオーストラリアであっても、英語が話せない外国人差別や有色人種への人種差別は存在する。

大抵のオーストラリア人はとてもフレンドリーであったが、英語が話せないというだけで、冷たい態度を取られたり、窓口などで困っている時に助けてもらえなかったりしたのだ。「日本人はなぜあんな優しい動物の鯨を食べるんだ?」と、鯨を食べることが野蛮だと言わんばかりの言い方をされたこともあった。タスマニア島で暮らしていた時は、若い白人オーストラリア人集団に爆竹を投げられ「Go back to your country!(国に帰れ!)」と叫ばれたこともあった。

私はこの時初めて自分が差別の対象になることを経験したのだが、これはある意味、私の中で日本人としての自分のアイデンティティを考えるとても貴重な経験となった。それまでは差別の対象になることがなかったのだ。日本に存在する差別問題は知っていたけれど、やはりどこか他人事であったのだと気が付いた。人は当事者にならないとわからないことがある。

南アフリカ トランスカイで送るアジア人マイノリティ ライフ

私の住む南アフリカのトランスカイ地方の主要都市ウムタタには日本人は私しかいない。厳密に言えば私の子供たちも日本人だと言えるけれど、6歳の上の子はすでに自分の国籍を考え始めているようで、「僕は日本人のお母さんに育てられているけど、南アフリカで生まれ育ってるから南アフリカ人だよ」と言っていた。彼も「日本人の母と南アフリカ人の父を持つ」という少し異色な環境に生まれ育ったマイノリティ故、そういったことを早くから意識するのだろう。

そんな日本人が一人しかいない環境ですでに7年という移住生活を送っている私だが、幸い差別を受けることもなく、どんな人種の南アフリカ人も東の果てから来たアジア人として面白がってくれている。夫の民族コサ族にしてみると、私は「日本人」というカテゴリではなく「アジア人」というカテゴリに属しているようだ。

旅する人は経験があると思うが、日本人はよく中国人と間違えられる。コサ族に「ニーハオ!ニーハオ!」と言われると、アジアの言葉「ニーハオ」を知ってくれていることが嬉しくて、「ニーハオ!」と中国人の真似をしたりする。しかもアフリカ人はジャッキー・チェーンが大好きだ。

よく中国人に見られて癇に障っている日本人がいるが、私はこんな話をする。

日本でジンバブウェ人が歩いていたとする。ある人が「ジャンボ!(スワヒリ語でハロー)」と挨拶した。すると彼は「僕はタンザニア人じゃないよ。ジンバブウェ人だよ。」だと言う。しかもそのジンバブウェ人がタンザニア人に間違えられていたことを心外だと思っていたら…。あなたはどう思うだろう? 

大抵のアフリカに行ったことのない日本人は「ごめん、でも違いがあんまりわからないから。」と思うのが正直なところではないだろうか。同じ地域の民族というのは、見分けがつきにくい。正直日本人の私自身も中国人、韓国人、日本人をきちんと見分けることができるかと聞かれると自信がない。もし自分の心の中に中国人や他民族へのヘイトがあるとしたら、それは無くした方がいい。

ウムタタの暮らしでアジア人だというと、それが何人であっても近くに感じてしまう。それは故郷アジアから遠く離れマイノリティとして暮らす者同士だからだ。

日本で暮らす民族的マイノリティたち

海外に出るまではマジョリティの一人であった私は、マイノリティの気持ちなど感じる術がなかった。しかし今、海外でのマイノリティとしての暮らしを通して、日本で暮らす民族的マイノリティの気持ちがよく分かるようになった。今日本にはたくさんの外国人が暮らしている。そして日本で生まれ育った日本国籍を持たない人たちもいる。日本は日本人が大半を占めているものの、決して単一民族国家ではない。
海外に出ると初めて、日本に同じような気持ちで生活している人たちがいることに気がつく。私たちの国にもたくさんの民族的マイノリティが暮らしているのだ。

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日本人は協調性を重視するので、日本で生まれ育ってない外国人にはそれに合わせるのは至難の技である。正直私も、南アフリカで生まれ育ってないので、場の空気が読めないことが今でもある。しかし私たちは違う民族であるのだから、そのことを認めて欲しいと思っている。

「違って面白いね」「あ、インド人ってこんなことするんだね」「あ、中国人らしいね」「私も日本人らしいもの」と、お互いの違いを認めれば、日本に暮らす民族的マイノリティにとって、どれだけ暮らしやすいか。そんなことが現代の日本にはとっても求められている。


自分の日本人としてのアイデンティティと向き合う

人は海外でマイノリティになった瞬間、否応なく自分の民族的アイデンティティを探すことになる。それは大勢の中で生きる安心感がなくなり、「自分」というものを自分の手で探して行かなければならないからである。社会も、マジョリティも自分の存在を重視してくれない。言葉も違う。そんな時、人は自分の権利のために立ち上がらなければならない。

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それから私はアジア人差別、日本人の捕鯨、第二次世界大戦、宗教の話、原発の話など、いろんな人種と積極的に意見を交わす作業をしてきた。それらは日本では一般的に外国人にタブーと思われているトピックである。しかしその作業は私が自分のアイデンティティを知る上で必要なのだ。日本国内にいただけでは知ることができない、外から見た日本人。それらのトピックが出てきた時に、私は貝のように口を閉じたくない。日本の文化、日本の技術、日本人の魂…、私はそれらに誇りを持っている。こんな日本から離れた場所に住んでいても私は日本人である。マイノリティとして海外で暮らしだしてから、私は日本ということをもっと意識的に考えることができた。海外に出るということは、日本国外で起きていることを知るだけではない。それはこの国日本を外から知ることができる、自分の視野を広げるチャンスでもあるのだ。







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1 Comments

石田 says..."取材依頼の件"
コメント欄に失礼いたします。

私はテレビ東京で番組制作を担当しております、
石田と申します。
当番組では、「世界のどこかで頑張る日本人」の方々に
密着取材をさせていただき、
番組内でご紹介させていただいております。

もしよろしければ、
ブログ等のSNSに記載されていること以外のことも
お話を聞かせていただけないでしょうか?

お忙しいとは思いますが、
何卒、よろしくお願いいたします。
2017.03.21 20:16 | URL | #- [edit]

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