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トランスカイ・暮らしのエッセイ

「生きている間に伝えられるだけ伝えられれば、それでいい」私がテレビのオファーを断る理由

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(Photo by Tina Rataj-Berard)


「生きている間に伝えられるだけ伝えられれば、それでいい」私がテレビのオファーを断る理由

数年前にもブログに書いたが、テレビのお話がここ数年すごい。これだけお断りさせていただいているにも関わらず、月に一度はテレビ出演のお話をいただく。

最初に言っておくが、うちにはテレビがない。あったとしても南アフリカでは日本のテレビ番組は映らないし、日本のテレビ番組はここ10年以上ほぼまともに見たことがない。なので、私の「テレビ」へ対しての価値自体が「不必要なもの」という扱いである。もちろんドキュメンタリー物など素晴らしい番組もあることはわかっているが、我が家にテレビは必要ないのだ。なので、この記事がテレビのオファーが来るという自慢話ではないことはご理解いただきたい。

その番組はどれもこれも「なぜここに日本人」「世界ナゼそこに?日本人」というようなタイトルだ。何チャンネル、同じようなテレビ番組があるのだろうか、とビックリしてしまう。そりゃ、世界中の秘境に暮らす日本人をシラミつぶしに探したくもなる。

帰国した時に両親が録画していたものを観せてもらったので、私もそれらがどんな番組なのかは知っている。私自身、「なぜここに日本人?」と住んでいて問いたくなるくらいだから、そんなテレビ番組に私がマッチしているのはわかる。しかし当の私はというと、やっぱり「テレビ」という響きに引いてしまう。


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私がテレビをお断りしている理由

私がこのお話をお断りさせていただいている一番の理由は、私の暮らしはプライベートであって、誰かに観せるためではない、ということだろう。プライベート空間にテレビが来て、家族や家の中を好奇心に任せて撮影されることに正直、抵抗がある。もちろん撮ってくれる人にもよると思う。私の波動や思想を理解してくれようとする人となら、何か一緒に作りたい、という気持ちになるかもしれない。しかし、これら番組は、私の個人的な思想や波動などはあまり吟味されないだとうと思っている。番組的に「面白い」ところと、私が観て欲しいアフリカというものが全く違えば、何かを一緒に作るということはできない。


友人を通して見たテレビ取材の事実

南アフリカの隣接国であるジンバブウェに嫁ぎ、村で暮らしていた、友人エリカさんが、一度そんな番組の取材を受けたことがあった。今彼女は日本で暮らしているが、当時は南アフリカより遥かにインフラの整っていないジンバブウェで、薪を使ったとてもシンプルな暮らしを頑張ってされていた。彼女はムビラというショナ族の先祖とつながるスピリチュアルな伝統楽器をジンバブウェのお師匠さんから直接学ぶムビラ奏者だ。彼女はショナ族の文化を尊敬し、その村で暮らしていた。そしてアフリカ文化やムビラのこと、物質ではない豊かさを日本人にも伝えたいと取材を受けた。

しかし放送された番組には彼女の意図するものとは全く違うものであった。テレビ局側は「極貧」「秘境」「極限」などで彼女の暮らしを表現したのである。→その時に彼女がブログに綴った日記

その時にテレビ局側は「日本の一般視聴者の目線で“貧しい生活”と表現しました」と弁解したらしいが、私はそうは思わない。一般の視聴者の知っている「貧しいアフリカ」のイメージはメディアによって作り上げられたのだ。私は実際アフリカを旅して生活をしているが、アフリカは都市部の貧困は否めないが(そもそも貧困のない都市部などないだろう)、一歩田舎に行けば力強く自然と共存している人たちがいる。彼らは自給自足の暮らしで遥か昔からその暮らしを続けてきた人たちである。

テレビの可能性を考えて欲しい

もしそんなに同じような番組があるのなら、なぜアフリカの暮らしに豊かさを見つけ出し、土を触り、動物と共に生き、ムビラという先祖と繋がる素晴らしいアフリカ伝統楽器をショナ族と共に奏でるエリカさんを、真摯にドキュメンタリーにして撮ることができなかったのだろうか。視聴者が求めているものは、「アフリカの貧しい国で、何もない中、頑張る一人の日本人妻」なのだろうか?(きっとそうなんだが。)しかし、撮られる本人が貧しいアフリカの国にボランティアに来ています、という価値観の人なのであればわからないでもないが、本人もその村のジンバブウェ人もその暮らしに誇りを持っているとしても・・・?

きっとエリカさんの価値観を通して撮るアフリカに嫁いだ妻のドキュメンタリーは、視聴者に違った価値観を与えるという意味で他のどのアフリカのドキュメンタリーとも違う面白いものができたはずだ。テレビを作る人は膨大な視聴者を持つテレビの影響力を考えて欲しい。なんのメッセージがそこにあるのか、今一度、考えて欲しい。今の現代の私たちが持つ国際社会観というのは、テレビによって作られたものと言っても過言ではないだろう。テレビ番組を作っている人が、未だに同じようなメンタリティで製作に取り組んでいるのであれば、貧困問題は絶対に解決しない。だって本人たちが貧しいと思っていない人たちを「極貧」と呼び番組を製作しているのだから。

正直、私はそんな人たちにアフリカのドキュメンタリーを撮って欲しくないと思っている。アフリカの農村部の暮らしは人間のルーツだ。そこには日本人が忘れてしまった大切なものがたくさんある。日本の暮らしから見ると「ないものだらけ」の暮らしではあるが、なくても生きていけるのだ。例え震災が来ても、決して私たちほどパニックにならない。自然と共存し、流行りの言葉で言えば“エコでオフグリッドな自給自足型ライフ”を送っているのだ。


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(ジンバブウェを旅していた時に、泊りがけで伝統バティックを習っていたムサ宅)


ということで、私はテレビのお話はいつも丁重にお断りさせていただいている。

しかしシンプルな暮らしやアフリカの豊かさ、この世界がひっくり返っていること、旅の素晴らしさは人に伝えたいと思っている。それは旅とアフリカの暮らしで私が気づいた地球のメッセージなのである。私の多くのインスピレーションは“地球への愛”にある。
それがお金のためであるかどうかに拘らず、私のライフワークだと感じている。生きている間に伝えられるだけ伝えれば、それでいいじゃないか。きっとこの声に耳を傾けてくれる人はいるはずだ。急いでテレビに出ることはない。

“No Hurry In Africa!(アフリカで急ぐこたないさ!)。”

私はアフリカを旅していた時に、アフリカ人によく言われた言葉を思い出していた。そうだ、タイミングは必ずくる。今は自分を信じて、心のままに書き綴ろう。
という理由で、私は当分お茶の間には登場いたしません。期待していた方、残念です(笑)ブログをたどり、ご連絡いただいているテレビ関係者の方も、ご理解いただけると幸いです。




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