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日々のこと・日々の想い

「エシカル」ってなんだっけ? 消費するだけで社会が良くなる魔法の言葉。

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はじめてのエシカル」の著者であり、エシカル協会代表理事の末松里花さんの講演に行ってきた。シソドワが長年作品を置かせていただいているフェアトレード のお店「緑々」の店主の緑さんのお誘いだ。

最近「エシカル」という言葉をよく聞く。ライターという仕事上、エシカルという言葉は知っていたものの、きちんと定義できるまでの理解はなかった。(エシカルというのはそもそも形容詞なので、名詞が次にくる)

エシカルとは「倫理的」とか「道徳的」だというとても大きな意味がある。世の中でたくさん起こっている環境問題や人権問題などを解決する一つの方法として今、「エシカル消費」という消費の仕方が注目されているのだ。

それを説明する上で、里花さんが用意してくれたYou Tubeの動画が、とてもわかりやすいので、リンクを貼る。

https://www.youtube.com/watch?v=KfANs2y_frk


英語なので、多少わかりにくい人もいるかもしれないが、大まかに説明すると€2のTシャツが買える自販機を街中に設置し、お金を入れたらそのTシャツがどのように作られているのかという背景の情報が出てくるという内容だ。最後に「購入」するか「寄付」するかを選べる。里花さんのお話ではこの時、100%の人が寄付することを選んだという。

この動画は「People care when they know」という言葉で最後をくくっているのだが、この動画はまさその言葉を表している。破格に安いものなどには、その裏に大きな代償がある。しかしその裏側を知らないのなら、私たちは気遣うこともできない。そして知らず知らずのうちに、かわいい商品やおいしいものを購入するという形で、その現代奴隷や児童労働を始めとする、世の中に存在してはいけないようなシステムをサポートしてしまっているのだ。



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sisodwa さくひん・工房

まわりまわる輪の中で生まれる作品

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ゴールデンウィークに出店していた「にじのこまつり」で久々に再会した友人が、家の押入れの中でずっと眠っているビーズがあって、ずっと使ってないので私に使って欲しいと、言ってくれた。

数日後、想像していたよりもずっとたくさんのビーズが家に送られてきた。

天然石や、骨、ガラスを使ったビーズがキラキラと光っている。

ながーい間、眠っていただろうビーズたち。縁を辿って私の手元へ来てくれてありがとう。
送ってくれた彼女には、早速いただいたビーズを使ったピアスを送る。

自然素材で作るシソドワの作品は、一つ一つ手作りで、とても小規模で作られている。
ビーズとの出逢いも一期一会。
同じビーズがいつも手元にあるわけではない。

そんな縁あって私の手元にたどり着いたビーズ。
さぁ、創作活動に気合が入る。

読者の皆さん、押入れの隅っこで眠っている天然素材ビーズ、昔使っていたアクセサリーだけど、ビーズとして生まれ変われるようなもの、あったら私にたくしてもらえませんか? 

もれなく、そのビーズで作った作品を一つプレゼントします。




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日々のこと・日々の想い

透明人間になった私。「自分だけが持つ独創性を信じたい」

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北九州の繁華街を一人歩き、とても違和感を覚えることがある。

私の暮らしていた南アフリカのウムタタには日本人は私しかいなかった。
ウムタタの人口の多数派はコサ族だったので、繁華街に出ると、コサ族で溢れかえっていた。

私は歩くだけで大層目立ち、「チャイナ!チャイナ!ジャッキーチェーン!」とからかわれたものだ。そんなことも日常になっていたので、気が向けば「你好!」などと挨拶したり、気が向かなければ知らん顔したりしていた。8年も住めばそれにもすっかり慣れていた。日本語を話すことなどなかったのだ。

そして今、繁華街を一人、歩く。
当然のこと、繁華街を歩いて私のことを振返って見る人などいない。そこに私が存在していないかのような、不思議な感覚を覚える。誰も私のことを気に留めない。私は透明人間になった気持ちになった。だーれにも見えない透明人間。

私は改めて、自分が日本人だと確認する。当然のことだけど、私にとっては当然ではない。日本人の一人もいない場所で8年間、生きてきたのだ。今思うと私はスイミーのようだった。真っ赤な魚たちの中で、一匹だけ真っ黒なスイミー。でも私はスイミーであることを楽しんでいたんだ。

透明人間になった私は、商店街の人混みの中を歩き、すれ違う一人の外国人を見つける。あ、ここにもスイミーがいる。

そして今、同じ魚の群れに、私は舞い戻る。同じ言葉、同じ文化、同じ民族。それはとっても心地良いものだ。

でも私は一度自分の人生でスイミーになった経験を忘れたくないなと、ふと思う。あの経験のおかげで、堂々と人と違っていられる勇気をもらった。

私は人と違うことを恐れない。人と違うことを楽しみたい。自分だけが持つ独創性を信じたい。
他人が自分と違うことを楽しみたい。いろんな人間の存在を楽しみたい。いろんな刺激を受けたい。

同じ色の魚の群れに入った私は、実はそんなに同じ色でもなかったのだと気がつく。私は私だ。全く同じ魚なんて本当は一匹もいない。変わり者になる気もないが、人に理解してもらえるように生きる気もない。
感じるままに、私は私を生きよう。そんなありのままの自分を受け入れてくれる人はきっといるはずなのだから。



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日々のこと・日々の想い

日本へ移住と、その理由。

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(意外にもランドセルが様になっている)

実家の北九州で暮らし始めて、はや1ヶ月。
子供の学校の手続きや、子供たちが日本の暮らしに慣れることなどで、あっという間に時が過ぎていった。

私が日本に移住を決めた理由や心境を、まとまらない文章になるだろうが、少しここに綴ろうと思う。

いろんな理由が混ざり合って決めた今回の移住。
その中の理由の一つに、人との出逢いがある。2年に一度日本に一時帰国するたびに、同じような価値観を持つ人や、考え方をする人、素敵な人たちに出会い続け、正直とても刺激を受けた。私の暮らすトランスカイは南アの中でも田舎であるので、全くいなくはないのだが、なかなか同じような価値観を持つ人と出逢うことがない。何か物作りをしている友達も遠くの街にはいるものの、年に一度くらいしか会うことはない。

そして私の地球アート雑貨シソドワの活動も、南アではなかなか芽が出ず、ここ数年は日本での販売が中心となっていた。せっかく作品を作っても販売する機会がないのは、次の作品に繋がらず、日本でいつかチャレンジしてみたいと感じるようになっていたのだ。

もう一つの理由に、質素な暮らしを好んでいるものの、子供の成長に連れて、経済的なこともやはり考えなければならなくなってきたということがあった。南アフリカではお金を出せばいい教育を受けさせられるものの、そうでなければ教育レベルはかなり低く、小学校一年生を終えた長男がまだ読み書きさえも教えてもらっていないことに不安を覚えていた。教育ママになるつもりはないのだが、やはり子供の未来を心配してしまう。この子たちには、国境を越えて自由に物事を考えてもらいたい気持ちと、このままではそのチャンスを子供たちに与えることができないのではないかという不安があったのだ。

このまま南アフリカで教育を受けるのか、日本の学校に移すのか。。。。家族会議には、ちょくちょくこのような内容が上がった。移すのであれば小学校二年生の今がラストチャンスのようにも思えた。それ以降であれば、本人がとても努力しなければいけないだろう。4月の始業式に合わせるために、バタバタとした帰国となってしまった。

日本で子供を育てることと、南アフリカで子供を育てることは、その環境に極端な違いがあった。どちらが良いというわけではない。

教育、医療、モラルでは日本の方が圧倒的に南アフリカより安心できる(いい教育と医療は富裕層のみの特権である)。
しかし南アフリカ人は平均的に子供好きで、社会全体が子供に優しくおおらかである。そして近所にたくさん子供がいるので、子供が勝手に子供の社会を作り育つ面では、子供にとってはとてもいい環境だと言える。コサ族は子供の個性にも寛容だ。

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(トランスカイの海岸線を旅した時の一枚。南アフリカは自然の中に人間が暮らしている。)




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"一本の鷹の羽根"とマタジーとの再会〜南ア ワイルドコースト ハイキングの旅(2)〜

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ブルングラを出発した私たちは、「ルバンジ」という海岸沿いの宿を目指して歩いた。この宿で私はソウルメイトのマタジーと会うことになっていた。彼女は薬草などを扱いシャーマンの修行をしている。

彼女は私が日本へ行く前に、彼女の暮らすホクスバックからトランスカイまで会いに来てくれたのだ。私たちがブルングラへ発つまでウムタタの我が家に泊まっていたマタジーと別れ、この宿で落ち合うことになっていた。

《マタジーの記事》
南アの神秘の森へ スーパームーンの旅《上編》
南アの神秘の森へ スーパームーンの旅《下編》


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ジュッダと子供たちと私は、海岸沿いやコサ族の村々を歩き、ルバンジを目指す。

海岸を歩いていると一本の羽根が落ちていた。何かに惹きつけられたように、その羽根を拾い着いた砂を払う。大きな羽根。鷹かトンビの羽根だろう・・・。

私はその羽根をサナにあげた。その瞬間サナが私の目を見て、「これはマタジーへのプレゼントだよ」と言った。そして彼は自分の髪に刺し、スイスイと歩き始めたのである。私は何も言わずに彼の後を歩き出した。

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(サナの頭には鷹の羽根。)


ルバンジに着いた時、マタジーは笑顔で私たちを迎えてくれた。ルバンジの宿はオーナーの二人が手作りで作った宿で、今も建設中であった。それでも十分素敵な宿であった。

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