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暮らしのエッセイ

南アフリカ トランスカイの国際食フェスで寿司を作る

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第22回    南アフリカ トランスカイの国際食フェスで寿司を作る

ラシーダとの出会いは2ヶ月前に初めて参加したマーケット(食べ物や手作り雑貨などが売られている市場)だった。
そのマーケットの主催者である彼女は、お医者さんの旦那さんと一緒に、インドから南アフリカに移民した。すでにこのウムタタの町に暮らして30年ほど経つという。

出会った日に、その大きな目をさらに大きく見開いて、嬉しそうに彼女はこう言った。

「まぁ!この町に日本人がいたなんて知らなかった!会えてうれしいわ!」

そして後日彼女の家に呼ばれ、11月にあるイベントのことを頼まれた。


「11月に私の主催する国際食フェスタをするの。12カ国を集めて、いろんな国の料理を作ってもらうイベントよ。是非日本食をそこで作ってくれないかしら?」

「日本食って、リクエストはあるの?」と私。

「Sushi!すし!寿司!」と即答するラシーダ。

ラシーダは大のSushi好きであった。世界の寿司ブームに乗って、南アフリカでも寿司は大人気である。でも寿司というよりSushiという感じが一番しっくりくる。日本の寿司とはちょっと違う。そしてなぜかいつも海外ではSushiは健康食だと思われている。健康にいいから寿司を食べよう、日本ではそのように考えられてない。

そして、私はこのイベントで寿司を作ることになった(実は寿司をまともに作ったことがなかった!)。しかし練習あるのみ。今はネットの時代だ!なんとかなる!材料はラシーダがケープタウンから調達してくれるという。手に入る素材と、現地で手に入る素材でいろいろ作ってみよう。


そういえば日本人が一人しかいないこの町で、ちょっと大げさだけど「日本」を代表する者として何かすることはなかった。日の丸は白地の布に赤い丸を夫セコがミシンで縫ってくれた。

そして時は経ち、数回の打ち合わせを経て、いよいよイベント当日!

じゃ、じゃ、じゃ、じゃ〜ん!

日本ブースはこんな感じになった。

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実は恥ずかしいことに着物も浴衣も持っておらず、日本の民族衣装で参加することができなかった。昔ベトナムの旅の途中で買った服で代用。

いろんな国からの参加。

南部インド

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南アフリカ

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あとはメキシコ、ギリシャイタリア、アメリカ、北部インド、中国、日本、バングラディッシュ、パキスタン、ロシアと国際食豊かに揃った。



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連載中:まぁるい地球にありがとう!

命の繋がりの中で生きる私の命

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第7回   命の繋がりの中で生きる私の命

《過去の掲載》
第1回:繋ぎ繋がれた私の命
第2回:人類皆兄弟。ワレワレハ地球人。
第3回:アンテナの赴くままに
第4回:自由に生きたい
第5回:《森の動物たちの会議》テーマは”ニンゲンのゴミ問題”
第6回:《森の動物たちの会議》終わることのない輪の中で繋がっていこう”


まぁるい まぁるい まぁるい 地球に乗って
ぐるりと この宇宙を浮遊しよう

おいしいもの大好き。
そう、僕は食いしん坊のイノシシ。

おいしいものを探し求める 食いしん坊。

ブヒブヒ。
おいしい。
ブヒブヒ。
おいしい。

大きな石を鼻で動かすと、そこにはミミズやら虫やらがぞろぞろと出てくる。

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おいしい。
ブヒブヒ。
おいしい。
ブヒブヒ。

イノシシはその鼻で土を掘り、植物の根を食べる。

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おいしい。
ブヒブヒ。

雨のあとにはキノコを食べる

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おいしい。
ブヒブヒ。

土の中で眠っていた幼虫を食べる。

おいしい。
ブヒブヒ。


おいしいもの大好き。
そう、僕は食いしん坊のイノシシ。
この山にある、あらゆるおいしいものを知っている。

そしてよく晴れたある日

猟師が鉄砲で僕を撃った。

僕は猟師に捌かれて
ぶつ切りにされて、
大きな鍋に入れられて
グツグツと煮られた

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猟師はおいしそうに僕を食べた。

僕は、漁師のおいしい、おいしいご馳走になった。

命は巡る。
巡り、巡られる。

命の繋がりの中で生きる私の命。
この命にありがとう。
そして私を支えるたくさんの命、ありがとう。




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暮らしのエッセイ

小鳥と共に暮らそう。「庭の鳥」と「カゴの中の鳥」。

第21回   小鳥と共に暮らそう。「庭の鳥」と「カゴの中の鳥」

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小さい頃から、我が家ではいつも小鳥を飼っていた。

一番初めに迎えた小鳥はセキセインコ。私はまだとても小さかったのでうろ覚えだが、黄緑色と黄色が可愛いその子を、父は「武蔵」と名付けた。

その子が死んだ後、また同じ色のインコが来て、父はその子にも「武蔵」と名付けた。

小学校の頃、親の知り合いが手乗りインコを拾ったのを譲ってもらった。
淡い虹色のとっても美しいそのセキセインコに父は「周作」と名付けた。
私はこっそり父のネーミングセンスを楽しんでいた。

肩に周作を乗せて、友人の家に遊びに行っていた当時小5の私は、その日も肩に周作を乗せて友人の家に遊びに行っていた。そして、その家の猫に噛み殺されてしまった。一瞬に起こった事故だった。猫のいる家にインコを連れて行ったことが、悲劇の始まりだった。何度も後悔をしたけれど、もう周作は戻らない。

瞼が持ち上がらないほどの悲しみの後、その友人のお母さんに真っ白のセキセインコのヒナをいただいた。優しい人だ。そのインコを妹がグレーテルと名付けた。そして父がもう一羽セキセインコを買ってきた。黄色と黄緑が可愛いその子は今度はヘンゼルと名付け、我が家のアイドル的な存在となった。

飼ってすぐにヘンゼルは逃げてしまい、グレーテルは10年以上、みんなに愛されて生きた。



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さすらいphoto

参加者の方の作品も掲載!〜地球のかけらで作るワークショップ・レポート〜 2017年日本滞在記(2)

日本滞在記 第2回: 〜地球のかけらで作るワークショップ〜

《バックナンバー》
・日本滞在記 第1回:〜家族〜 →リンク

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今回の帰国の前に、計画している試みがあった。トランスカイの我が家でノートに思いついたことを走り書きして、その計画をどんどん形にしていく。

私が今回の日本滞在でやりたいシソドワの活動は4つ。
「ワークショップ」、「参加型トークライブ」、「作品展」・・・そして「旅」。

・シソドワオリジナルの天然素材ビーズで作るワークショップ
・本当の豊かさを考える。参加型トークライブ
・シソドワ作品展
・地球の上でのんりび暮らそうよツアー

こんな感じかな。



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さすらいphoto

 〜家族〜 2017年日本滞在記(1)

トランスカイの空気は相変わらず濃厚だ。空に手が届きそうになる。私は7週間ぶりに日本からトランスカイに戻ってきた。

トランスカイのウムタタ空港には、飛行機は私たちが乗ってきたそれしかなかった。それほど小さな空港でも、ないよりはマシである。十数人の乗客と共に小さな旅客機から階段で降り、トランスカイの空気を胸いっぱい吸い込む。たった数週間しか離れてなかったはずなのに、不思議と、とても懐かしい気持ちになる。

荷物を受け取り、到着出口から出ると、嬉しそうに現れた夫セコとサナとンペポ。子供たちのはにかんだ笑顔に胸が締め付けられる。私たちは笑顔のままギュ〜〜っと固く抱きしめ合う。7週間、どれだけ彼らが私のことを恋しく思っていてくれたのかを感じ、心があったかくなる。私も同じように彼らのことが恋しかった。

実家を出発してから、移動しっぱなしの2日間。ようやくトランスカイに到着だ。家に着いて、お土産を広げ、日本の話に花がさく。家族みんなが日本の話に興味津々だ。セコが愛情を込めて作ってくれた夕食を食べてお腹がいっぱいになると、一気に眠気に襲われ、子供達と共に眠りについた。7週間ぶりの我が家。気持ちのいい眠り。

翌朝、不思議な気持ちで目が覚める。なんだか日本にいたことが夢のようなのだ。私は部屋の天井を見上げて、ぼーっと想いを巡らす。母の手料理、小倉の騒々しい銀天街、日本で会った人たちの顔・・・。つい数日前までの出来事が遥か昔のことのようだ。外からは「コッケコッコー」と鶏の鳴き声が響いている。

時間の流れ、空気、人、文化、全てがあまりにも違いすぎて、この地球に今この瞬間、日本が存在していることが、不思議に思えてくる。あの湿度をたっぷりと含んだ日本の夏。蝉の声。目まぐるしく過ぎていく時間。そして昨日のように、そこにいた私を思うと、なんだか現実味がない。いや、それは本当に夢のような7週間であったのだ。

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(写真:天草へ家族旅行)





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